ESGの土台を築くコンプライアンス:中小企業で若手・中堅が実践できること
はじめに
ESG経営への関心が高まる中で、中小企業においてもその重要性が認識されてきています。しかし、何から始めれば良いのか、限られたリソースの中でどのように進めれば良いのか、具体的なイメージが掴みにくいと感じる方もいるかもしれません。
ESGの3つの要素、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)のうち、ガバナンスは企業の透明性や健全性を保つための仕組みを指します。そして、そのガバナンスの最も基本的な部分を支えるのが「コンプライアンス」、すなわち法令遵守や社会規範の尊重です。
本記事では、なぜ中小企業にとってコンプライアンスがESG経営の土台となるのか、そして特に若手・中堅社員が日々の業務の中でどのように貢献できるのかについて、実践的な視点から解説します。
コンプライアンスはESG経営の基盤
ESG経営は、環境、社会、ガバナンスの要素を考慮して企業価値を高め、持続可能な社会の実現に貢献することを目指します。このうちガバナンス(G)は、企業の意思決定のプロセス、組織体制、リスク管理、情報開示のあり方などを含みます。
ガバナンスがしっかりと機能するためには、その前提として企業が法令、社内規程、倫理規範などを遵守していることが不可欠です。コンプライアンスは、単に法律を守るという義務にとどまらず、企業の信頼性を高め、ステークホルダー(顧客、従業員、取引先、地域社会など)からの信用を得るための基本的な条件となります。
例えば、労働関連法規の遵守は「S」(社会)要素における働きがいのある職場環境づくりに直結しますし、環境関連法規の遵守は「E」(環境)要素における環境負荷低減の取り組みの基盤となります。不正行為の防止や適切な情報開示は、それ自体が「G」(ガバナンス)の重要な要素です。
つまり、コンプライアンスが徹底されている企業は、ESG経営に取り組む上での強固な基盤を持っていると言えます。逆に、コンプライアンスに問題があれば、どれだけ環境や社会貢献に力を入れても、企業の信頼性は損なわれ、ESG経営自体が形骸化してしまう可能性があります。
中小企業におけるコンプライアンスの課題
中小企業は、大企業に比べて人的リソースや専門知識を持つ人材が限られている場合が多く、コンプライアンス体制の構築や維持に課題を抱えやすい傾向があります。
- 専門知識の不足: 法令や規制は多岐にわたり、常に改正されるため、最新情報を把握し、正しく理解することが難しい場合があります。
- 体制の不備: コンプライアンス担当者が不在であったり、相談窓口が不明確であったりすることがあります。
- 意識のばらつき: 従業員一人ひとりのコンプライアンスに対する意識に差がある場合があります。
- 日常業務との兼ね合い: 日々の業務に追われ、コンプライアンスに関する情報収集や研修に時間を割けないことがあります。
これらの課題は、リスク管理の甘さや、意図しない法令違反につながる可能性があり、企業の存続をも脅かしかねません。しかし、これらの課題に対して、若手・中堅社員ならではの視点や行動で貢献できることがあります。
若手・中堅社員ができるコンプライアンスへの具体的な貢献
経営層や管理職でなくとも、日常業務の中でコンプライアンス遵守を推進し、ESG経営の土台を強化するためにできることがあります。
1. 情報収集と共有への貢献
インターネットやSNSが普及した現代において、若手・中堅社員は情報収集能力に長けている場合が多くあります。
- 業界関連の法規制やガイドラインの動向をチェックする: 自身の業務に関連する法改正や業界の自主規制、倫理規定などの情報を積極的に収集し、部署内や関係者に共有することを提案する。
- 社外研修やセミナー情報を共有する: コンプライアンスに関するオンラインセミナーや研修の情報を見つけ、参加を検討したり、内容を報告したりする。
2. 社内ルール・マニュアルの理解と遵守の徹底
コンプライアンスは、外部の法令だけでなく、社内で定められた規程やマニュアルの遵守も含まれます。
- 自社の就業規則や各種規程を読み直す: 日頃意識していなかったルールの中に、コンプライアンス上重要な事項が含まれている場合があります。疑問点は放置せず、担当部署に確認する。
- 業務マニュアルを正確に理解し実践する: マニュアルは、業務の質を保つだけでなく、リスクを回避するための手順が盛り込まれていることもあります。曖昧な部分は確認し、正しく実施する。
- マニュアルの改善提案: 実際に業務を行う中で、「この手順はリスクが高いのではないか」「もっと分かりやすい表現にできないか」といった改善点に気づいたら、積極的に提案する。これは、不正やミスの発生を防ぎ、業務の透明性を高めることに繋がります。
3. 疑問点の提起や相談ルートの活用
「これは本当に正しいのだろうか」「過去からの慣習でやっているけれど、問題ないのだろうか」といった疑問を持つことは、コンプライアンス意識が高いことの表れです。
- 疑問点をそのままにしない: 少しでも気になることがあれば、まずは直属の上司や、社内の相談窓口(あれば)に相談する。
- 相談しやすい雰囲気づくりに貢献する: 自分自身が積極的に相談したり、他のメンバーからの相談に耳を傾けたりすることで、「何かあったら相談して大丈夫」という心理的安全性の高い職場環境づくりに貢献する。
4. 日常業務におけるチェック体制の強化
自身の業務や部署内で、コンプライアンスに関わるリスクがないかチェックリストを作成したり、既存のチェックリストをより実効性のあるものに改善したりすることができます。
- 業務フローの中でリスクとなりうる箇所を洗い出す: 例えば、個人情報の取り扱い、契約書の確認、経費精算のルール、外部委託先とのやり取りなど、自身の業務に関わる部分でコンプライアンス違反のリスクがないかを検討する。
- 簡単なチェックリストを作成し、チームで共有する: リスクとなりうる項目をリスト化し、業務実施前後に確認する習慣をつけることを提案する。
5. 小さな勉強会や啓発活動の企画・実施
部署内やチーム内で、コンプライアンスに関する情報共有や意識向上を目的とした小さな活動を企画・実行することができます。
- ニュース記事や事例を共有して話し合う: 最近のコンプライアンス関連のニュースや、他社で発生した事故事例などを共有し、「自社ではどうだろうか」「どのような点に注意すべきか」といった軽いディスカッションの機会を持つ。
- 部署のルールを再確認する時間を設ける: 「今月のリマインダー」として、部署に関連する重要な社内規程や業務上の注意点を共有する時間を設ける。
実践に向けたヒント
これらの貢献をより効果的に進めるためには、以下の点を意識することが役立ちます。
- 小さなことから始める: いきなり大掛かりな改革を目指すのではなく、まずは自身の業務や部署内で改善できそうな小さな点から取り組み始めることが、継続の鍵となります。
- 関係者を巻き込む: 独りで抱え込まず、上司や同僚に相談したり、協力をお願いしたりすることで、活動の広がりや定着に繋がります。
- ポジティブな視点を伝える: コンプライアンスを「やらされ感」のあるものとして捉えるのではなく、「企業の信頼性向上」「リスク低減」「働きがいのある環境づくり」といったポジティブな側面に焦点を当て、周囲に伝えるように心がけることが、賛同を得る上で重要です。
例えば、ある中小製造業では、若手社員の提案で、日常業務で作成する帳票の記載ルールを改めて確認する勉強会を実施しました。これにより、情報の正確性が向上し、後に品質管理システムのリニューアルに繋がる一歩となりました。これは、コンプライアンス(正確な記録)が、品質という「S」要素、そして効率性というガバナンスや事業継続性に関わる側面に繋がった事例と言えます。
まとめ
コンプライアンス遵守は、中小企業がESG経営を進める上での最も基本的な土台です。法令や社会規範を守ることは、企業の信頼性を高め、リスクを低減し、持続可能な成長を実現するために不可欠です。
この重要な取り組みにおいて、若手・中堅社員は決して傍観者ではありません。情報収集、ルールの理解と遵守、疑問点の提起、日常業務でのチェック、啓発活動など、日々の業務の中で実践できる具体的な貢献がたくさんあります。
これらの小さな一歩の積み重ねが、社内全体のコンプライアンス意識を高め、強固なガバナンス体制の構築に繋がり、結果として中小企業のESG経営を力強く推進していく力となります。ぜひ、身近なところから「自分にできること」を見つけ、取り組んでみてください。